陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

◾️『羊とオオカミの恋と殺人』の撮影について

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朝倉加葉子監督から電話をもらった際、最初に言われたのは「早坂さん、一緒にキラキラ系の青春映画やりませんか?」。自分は基本的に軟調の画に興味がないカメラマン。今までの作風も“キラキラ”は全くなく、むしろ“ドロドロ系”。そのときは大した興味も持たないままだったが、“スラッシャー監督”朝倉加葉子を甘く見ていた。pff時代から好きだった高橋泉さんの書かれたホンには、ラブコメと猟奇殺人が同居している不思議な世界が広がっていた。決して予算が潤沢な作品ではないので、世界の拡げ方は難しい。ミクロの世界観でマクロの世界を感じさせるというのが最良な選択。あとはキャラクターの魅力を具現化し、さらに肉付けしていく作業に注力することにした。メインの舞台となる壁の穴で繋がっている2部屋内部はセット。一部屋しか作る予算はないので使い回している。問題は外身のアパートをどこで撮影するか。2部屋地続きでなくてはならず、周りの環境も大事でなかなか適当な物件が見つからない。弊社の工藤哲也が撮影をしていた『聖☆おにいさん』(福田雄一監督)の現場に差し入れに行ったら、実に理想的な環境で、早速制作部に連絡しロケハンを行い、撮影地に決定した。

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最大の問題は“穴”である。物語の発端である2部屋をつなぐ穴。杉野遥亮演じる黒須はここから福原遥演じる宮市の部屋を覗き見し、殺人を目撃する。リアルとリアリティ、いつもこれが問題となる。壁には当然厚みがある。これは嘘をつけない。見た目の画を撮るとして、人物が動くのをフォローするとカメラをパンするだけでは済まない。ナメである壁穴も一緒に動かないと画としては成立しない。それで美術部に30cm四方の厚みのある石灰ボードを複数用意してもらい、使用するレンズのディスタンスに合わせた大きさの壁穴を開けた。それをフィルターのようにレンズ前に固定しパンに連動するようにした。ただそれだけだと固定され過ぎて不自然なので左手で揺らして見た目感を出している。GoProの使用も検討したが、パースがキツく空間が歪み過ぎるので取りやめた。

  ライフラインを止められているニートの黒須の部屋は常に暗い。月明りや街の灯りがキーライトである。スチールグリーンのフィルターを入れてレース越しにライティングしている。

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殺人を目撃された宮市が黒須を追い詰める屋上シーンでは、ライティングスペースがあまりないので、マンションの壁面にネオンがある体にして、象徴的なブルーのライティングを行った。キノフロにスチールブルーのフィルターを貼って使用している。苦肉の策だったが、まあまあうまく行ったと思っている。

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アクションシーンも結構ある映画だが、小柄な女性が行う殺人術ということで相手との体格差や関節を利用した動きをダンサーの青木尚哉氏に付けてもらった。現場に来ていたアクション部たちもとても興味深くしていた。ラス殺陣はよく撮影で使われるクラブを使用。1日で撮影しなくてはならないのであり物の照明だけでほぼほぼ撮影している。

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  カメラは弊社のSONY FS7MKⅡ。グレーディングは東映の佐竹宗一氏。『愛の渦』以来、久々に担当していただいた。明るくてクリアだが、陰影を感じさせられるトーンに仕上げることができた。この作品もノーフィルターを通した。

  自分にキラキラ系を撮らせてみたい勇気のあるプロデューサーの方、連絡お待ちしてます。

 

『羊とオオカミの恋と殺人』公式HP→http://hitsujitookami.com