陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

◾️20201101

 10月29日から佐々部清監督最新作『大綱引の恋』の鹿児島での先行上映が始まった。あえて「最新作」と書いたのは、我々佐々部組スタッフ・キャストが監督の不在を受け入れられていないし、これからも佐々部作品を観たいと思っているから。また実際に何本かの遺されたホンもある。これを実現させることが出来るか。「な、僕がいないと何もできないんだよ」ーーそんなふうに言われているような気もする。

 下関で佐々部監督ゆかりの地に赴き、関係の深い方々にお話を伺うことができた。改めて感じるのは、佐々部監督は単に映画を作り続けたのではなく、人と人との間に絆を築き、少しずつ縒りをかけていたと言うことだ。「僕は人たらしだから」ー監督はそのように言い、意図的であることを示唆するが果たしてそうだったか。誠実に人に対することが、数と膨大な年月によるレバレッジで巨大な“佐々部空間”を形成していたのだろう。監督個人の応援団が全国各地にあるのを自分は目の当たりにした。その空間は「映画のフレーム」には収まり切らず、外側にまで偏在する。

 佐々部監督は『八重子のハミング』撮影時、「命を懸けてこの作品を撮る」と公言していた。そのことで実際に命を縮めたかどうかは分からない。だが間近で見ていた自分にとってその言葉に偽りはなかった。

 

 もう1人、「映画に命を懸けて」亡くなった身近な監督がいる。林田賢太だ。同級生(歳は4つ下)だった林田は、自作公開中に病気で急逝してしまった。32歳だった。広義の「映画づくり」テクニックに未熟だった林田は、周りに多くのご迷惑をかけたまま逝ってしまった。大風呂敷を広げて集まったスタッフも、気づけば数えるほどしか残っていなかった。林田は「人との絆をつくる」という視点を持っていなかったと今では思う。情熱は本物でもそのエネルギーを自前だけで賄いきることはできない。そこには必ず他者の助けが必要なのだ。もっと人を信じ、助けを求めていたらと思う。

 

 川内大綱引の大綱は365本の縄からなる。それが練り合わされることによって大綱が出来上がる。人との絆もそんなものかもしれない。一つひとつは細くて脆弱であっても、束ねられたときには絆の大木となっているのだ。そんな大木を我々は佐々部監督から遺されている。

 

 

2020.11.1  鹿児島空港にて。

 

     林田賢太の命日に