陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

◼️『生きる街』撮影について

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映画『生きる街』(榊英雄監督)は様々な厚意によってつくられた。スポンサー、スタッフ、キャストそれぞれが東日本大震災への想いを胸に参加している。ストーリーは津波によって流されてしまった夫の還りを待つ主婦と、現実を受け入れつつ離ればなれに暮らしている息子、娘が再び集うというシンプルなものだ。最初に企画を聞いた時、夏木マリ扮する主婦が自転車で海辺を走っているというイメージだけでこの映画は成立すると確信した。娘役は佐津川愛美、息子役を堀井新太、かつて石巻に住んでいた韓国人役にイ・ジョンヒョン。他に原日出子吉沢悠岡野真也斎藤工升毅

  撮影地は石巻牡鹿半島捕鯨の街であった鮎川港。津波被害も甚大だった場所。街の復興は(着々と?)進んではいるがかつての賑わいを取り戻すことは難しいかもしれない。港から少し上がったところに東京の企業が保有している今は使われていない保養所があり、そこを千恵子(夏木マリ)が営む民泊という設定にした。

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写真のように撮影前は鬱蒼としていて、ここに道を作り、橋を架けてもらった。美術の大町さんにはこの場にて感謝を伝えたい。この場所からは左に金華山、正面に網地島、右手に石巻港を眺望できる。風光明媚と言えよう。千恵子は日々この景色を眺めながら還ることはない夫を待っている。“窓”と言うのがキーアイテムになる。自分の中では「窓に始まり窓に終わる映画にしよう」というプランが生じた。ベルイマンの映画やハンマースホイの絵画など、北欧作品に見られるように窓枠を端正に活かしたい。その為にも今回はシネスコアスペクトレシオを珍しく強く推した。

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 カメラはRED EPIC-W。『blank13』(齊藤工監督)から立て続けにREDを使うことにした。これはようやくRED CODEに慣れて来たと言うことと、シネスコにするならばハイレゾリューションのREDが良いと思われたことによる。ただARRIに比べ、センサーごとのトーンの差が大きく感じられる。常にチェンジしていっていると捉えることも出来るが、旧機種とのトーン差を感じさせないことを意識しているARRIとは根底から考え方が異なるのだろう。今のところこの作品が自分がREDを使った最後となっている。

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 宮城県出身で、岩手の三陸海岸の祖母の家で毎夏休みを過ごした自分にとって、この作品は非常に重い。3.11以降宮城の実家には幾度も帰ったが、実は海岸沿いには一度も足を踏み入れていなかった。踏み入ることが出来なかった。見たくなかったし受け入れたくなかったのかもしれない。少なくとも自分には5年以上の歳月が必要だった(撮影は2016年秋)。この作品の堀井新太演じる息子が、仙台という比較的近い場所に住みながら石巻の実家には帰らない心理と近いものがある。“逃げ”の心情とも言えるが、被災という「現実」と自分の身の回りの社会生活という「現実」がうまく擦り合わずギャップとして横たわっていた。

  作品のロケハンで石巻及び津波被災地に足を踏み入れ、やはり衝撃を受けざるを得なかった。かつてあった生活の場が一瞬にして消え去る怖ろしさ。人間の力では遠く及ばない事象。途方も無い無力感の中でどう作品と向き合って行くか。

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  撮影工程の中で、「被災地の映像をドキュメンタリータッチで挿入していったらどうか」という意見がスタッフ間で湧き上がったことがことがあった。珍しく自分は強硬に反対意見を述べた。「作品は悲惨さ、無力感だけを伝えるものではないし、あくまでフィクションであるということ。現実には作中の登場人物以上に凄惨な経験や傷ついた人もたくさんいるわけだし、映画はそのような方達が観ても少しだけでも未来に拓けている必要がある」。演者もスタッフも被災当事者ではないし、その土地にゆかりがあるわけでもない。余所者の映画の創り手としては作品を通してその土地の良さを表現していかなくてはならない。

  撮影はいつも以上にフィックスを多用。先ほど述べた窓枠ライン、海岸の水平線、歪曲した道の曲線、流された家の基礎の幾何学模様、それらを印象付けていく。その中で人間の矮小さ、かつ逞しさを表現出来たらと考えた。クライマックス撮影日の朝、強い地震が起こり、津波警報が発令された。「直ちに高台に避難してください!」というスピーカー音の合間を縫っての撮影。窓から湾内を見ると、明らかにいつもの波とは感じが異なる。「これが津波なんだ」。津波が来てる中での撮影という不思議な経験をした。我々は生かされているんだということを再認識した。

  榊英雄監督とはもう何本もコンビを組ませてもらっていて阿吽の呼吸。この前に手掛けた『blank13』には役者として参加しており、今作にはその監督だった斎藤工氏が役者として出演するという、これまた不思議な体験をした。

 もう一つ貴重な経験としては野性の鹿の夜間撮影に成功したこと。牡鹿半島には鹿が多く生息しているが、ライティングしている場所に来てもらうことは難しいと思われた。しかし台本には「千恵子(夏木マリ)が鹿と目が合う」とある。自分としても成功の見込みはあまりないとは思ったが、挑戦しないのも嫌だったし、助監督からも「無駄なことに力を費やすより他のことに費やしたほうがいいのでは」と言われ癪だったというのもある。ただ自分の意地に周囲を巻き込むのも可愛そうだと思ったので撮休前日に、「自分一人で行ってライティングして朝まで待つ」と言ったところ、セカンドの岡崎はついて来てくれ、照明の大庭氏も「ライティングの設置まではやります」と来てくれた。大庭氏は設置後帰り、ひたすら暗闇の中鹿を待つことに。せっかくついて来てくれた岡崎も疲れのためかすでに寝落ちしている。

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   暗闇の中自分も夢うつつを行き来していると視界に何か動くものが。よく見ると鹿が何匹も草を食べに来ている。岡崎をそっと起こし、撮影体制を取る。REDとバックアップで持って来ていたSONY α7sⅡの2台。ただなかなかライトが当たっているところには警戒して近寄らない。ここまで来ると自分自信の闘いである。動物撮影カメラマンの気持ちが少し分かる気がした。 1時間くらい格闘していただろうか。無用心な牡鹿がフラリとライトの下に歩き出した。咄嗟にレンズで追う。暫く草を食べた後、こちらの方を気にしながら闇の中に消えて行った。ト書きに書いてあるような動きそのものであった。

 

 主演の夏木マリさんには「綺麗に撮る必要なんてないからね、皺をたくさん撮って。オバちゃんなんだからさ」と言われた。夏木さんなりの役づくりの一環なのだと思う。綺麗で便利なホテルではなく、あえて共同風呂、トイレの民宿を宿に選び、当事者たちの話を実際に見聞きし、肌の手入れは基本しない。このリアルな感じはとっても作品に反映されている。撮影初日に撮影した自転車に乗っている千恵子を撮影した時に、この作品は成功したと感じた。

 

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↓『生きる街』予告編

https://m.youtube.com/watch?v=agDtnU-xzEw