陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

◾️連続ドラマW『沈黙法廷』の撮影について

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  テレパックに所属する村上牧人と東田陽介監督とは一昨年のドラマW『誤断』以来のコンビ。一定の信頼感がある現場はスッと中に入りやすい。プロデューサーからは独特のトーンを作ってほしいというオーダーがあり、『誤断』とも異なるルックを追及した。予算的に厳しい部分もあったがどうしてもアリフレックス社のALEXAを使いたかった。ALEXA MINIなどの新機種は無理であるがクラシックALEXAはコマーシャルの現場では使われなくなっているので特殊映材社から格安で借りた。アリフレックス社のカメラの特性は新機種も旧機種も同じ様なトーンで撮れるというところ。元々フィルムユーザーを想定して作られているのでラチチュードを最大限に活かすように設定されているのを感じる。デジタルが表現を苦手とする高輝度からクリップするまでのナチュラルさは自分の知るところ他のメーカーの追随を許さない。ファインダーに拘るところもフィルムカメラメーカーの矜持だ。液晶モニターの問題点は実際撮影している光軸とカメラマンの目線角度の差違が大きいところだ。ファインダーだと差異を最小にでき、右目で撮影画面を、左目で周りの環境や役者のフレーム外の動きを視認できる。フィルムカメラの時は当たり前だったことだが今となっては却って新鮮に思えてしまう。アレクサのデメリットはその重量にある。デジタルシネマとは思えない重さ。その重量感も画には映るもので、今回の法廷劇のルックには合うと捉えることにした。本来このような撮影の場合、ズームレンズと単焦点レンズを揃えるのだが、予算の都合と自分と村上監督の趣向を考え、全て単焦点レンズにした。その代わり18mmから180mmまでのツァイス・ファーストレンズを全て発注した。大正解だったのがマイナーなディスタンスの65mm。恐らく今回最も使用したレンズだ。ナメの画やバストショットなどに威力を発揮する。50mmほど情報過多ではなく、85mmほど過小でもない。実はこのレンズを使うためにALEXAにした部分も実はある。写真はアレクサと自作ローアングルプレート。

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   刑事の捜査シーンなどで流麗なカメラワークが必要なのはホンの段階で分かっていたので、ステディカムオペレーターを呼ぶよりも軽量な別カメラとジンバルで対応することにした。自前のSONY α7sIIに助手の岡崎が持っていたコンタックス・ツァイスレンズを変換して取り付け、RONIN M に載せた。内部収録なのでビットレートが少なくメインカメラのALEXAとの親和性が取れるか不安であったが事前テストである程度いけるという確証は得ていた。

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   現場DITにGLADSAD社の阿部弘明氏。基本LUTをクランクイン前に作り、現場で当ててモニター出し。状況に応じて現場グレーディングを行った。無理を言ってビデオアシストソフトウェアQTAKEも出してもらい、 効率的に撮影データを整理していった。いつでも撮影済みのクリップを読み出すことが可能で様々な確認事項に力を発揮した。ただそれが当たり前のようになって有り難みを皆が感じなくなってきてしまったような気はしたが。

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  GLADSAD社には毎回ワークフローチャート作成を依頼している。撮影前にポスプロ担当者に一堂に会してもらって打ち合わせし、実際に流れをテストして作成する。今回は以下の通り。撮りは23.976fpsで、納品が59.94i。どこでどう変換するかが議論となった。

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  GLADSAD社でコピー後Media Encoderで29.97のオフライン用データを書き出し、オフライン作業場で59.94に変換してもらった。グレーディングはタイムラインをエアで反映出来るようにしたため効率的に作業することができた。

  撮影自体はシンプルに行った。リアルなライティング、ノーフィルター。台本に則り芝居を切り取る。今回は永作博美さん、市原隼人さん、田中哲司さん、杉本哲太さん、甲本雅裕さん等、実力のある役者ばかりだったので出発するアベレージ点が高くやり易かった。一方で演出・撮影側の準備が足りていないと露見することとなり緊張感があった。天候不順でスケジュールを上手く消化出来ないところもあったがスムーズにこなせたとは思っている。

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  角川大映スタジオに法廷セットを組ませてもらった。自分の手掛ける作品でこのような立派なセットを建ててもらうことは滅多にない。建て込み時、最初にライティングを組んだら光量不足。修正したら光量オーバー。3回目でようやくいいバランスに。もう少しカンを研ぎ澄ませたいところ。光の拡散を抑えるエッグプレートが効力を発揮した。照明の田島慎氏のアイディア。感謝。

 『十二人の怒れる男』『評決』『Q&A』等、司法を多く題材にしたシドニー・ルメット監督作品が自分が映画界に入るきっかけのひとつだった。矢田部弁護士には『評決』のポール・ニューマンが透けて見える気がする。ルメットは司法制度に人間の良心が宿ると思っていたのではないだろうか。矛盾や葛藤があるにせよ全能ではない人間が産み出した最も尊いシステム。人が人を裁く不確実さにおいて良心のみが拠るところだ。民意をより反映させるために裁判員裁判制度は始まった。が一般人である裁判員は世論の影響を受けやすい。いかに心象操作に民衆が脆いかは松本サリン事件や東電OL殺人事件で我々も身につまされている。裁判制度により多くの者が興味を持つこと、それしか冤罪をなくす方策はない。『沈黙法廷』を撮影してそう思った。 

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【撮影データ】

カメラ:ARRI ALEXA plus (特殊映材社)

レンズ:Zeiss ファーストレンズ 18、20、25、28、35、40、50、65、85、100、135、180mm(特殊映材社)

撮影助手:岡崎孝行、渋谷浩未、永仮彩香、水上舜

DIT:阿部弘明(GLADSAD)

グレーディング:山口武志、田口朋美(GLADSAD)

特機:グリフィス