陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

◼︎ 『下北沢ダイハード』の撮影について

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  ドラマ24『下北沢ダイハード』が21日よりオンエアされます。下北沢を舞台に、小劇場系劇作家×PV系映像作家の組み合わせに自分のような映画系スタッフが参加しているオムニバス作品。テレビ東京らしい斬新な企画。と言うのも予算に限りがある深夜ドラマは、効率良く撮影するために場所を限定して撮ることが常識となっているが、今回はオムニバスであって毎回場所が異なった。1話を2日乃至3日で撮影するという極めてスキルを要する撮影となった。全11話。

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  当初プロデューサーサイドから、「全編iPhoneで撮影出来ないか?」という相談があった。リスクを承知の上で前向きに検討しようと様々なグッズやアタッチメントレンズ、映画撮影アプリを購入して実際に下北沢でテスト撮影を試みた。デイシーンのようなハイキーな画ではかなり綺麗に写るのだが低照度のナイター撮影となると暗部の情報のなさが顕著に現れ、「4k納品」というクオリティに程遠いと言わざるを得なかった。細かいシャッター開角度の調整が不可のためにフリッカーが出てしまう、明るいところから暗いところにパンするとノイズが出る、などの問題点も確認することが出来た。そもそも合成などが少なからずある作品においてiPhoneを選択する意味を見出せず、プロデューサーに説明し見送りの決定を下した。時には勇気ある撤退も必要だと思う。『タンジェリン』などiPhone撮影の映画も増えているが、デイシーンや白夜など大抵撮影条件が良いものが多い。2012年位にパク・チャヌク監督が『Night Fishing』という作品でiPhoneでのナイター撮影作品を撮っている。日本未公開で観られないのが惜しい。S・ソダーバーグも新作をiPhoneで撮ったと言う。

 

  採用したカメラはPXW-FS7というありきたりなものとなった。今回の実際の下北沢にあるスナックやライブハウスなど、狭いところでの撮影が多く軽量でコンパクトなこのカメラの選択は間違いではなかった。自前のα7sIIも常に帯同していたが、スチール撮影とフルフレームサイズがほしい時以外は使用しなかった。圧縮がかなり異なるため同じメーカーとは言え「混ぜると危険」である。

  普段、映画の時などは単玉中心に撮影を行うが、今回はタイトなスケジュールをこなすためにレンズチェンジの回数を少なくすることが命題となった。今年になって出たシグマの18-35mm T2.0が今回の撮影に向いていると思ってレンタル機材を探したがほとんど出回っておらず、急遽購入するしかなかった。予算の厳しい深夜ドラマでは、使用料的にまともに機材レンタルは使えない。今回も相当な出費を強いられた。事務所的には大赤字だが「先行投資」と割り切るしかなかった。

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  このレンズは素晴らしかった。ズームと言うよりはバリアブル・プライム(複合単玉)と言った方がしっくりくるディスタンスだが、全体の6割はこのレンズで撮影した。周辺歪曲やフォーカスを送った際に生じる画角のズレ=ブリージングもあまり感じず、エポックメーキングなレンズが出たと感じた。シグマは同時に50-100mm T2.0と言うのも出しているが、こちらはブリージングが酷くて購入は見送っている。

  撮影現場はまず監督のアイディアを聞いて意見を言うというスタイルをいつも以上に意識した。あまりカメラマンである自分が引っ張ると監督の持ち味を消してしまう危険性を感じていたからだ。杞憂だった。関和亮監督をはじめ、スミス監督、山岸聖太監督、細川徹監督、戸塚寛人監督いずれもしっかりしたビジョン持っていて芝居を構築するスキルを有していた。つまり自分の普段のスタイルを崩さずに取り組むことが出来た。必要なカット数を稼ぐために手持ちも多用した。前期のレンズも決して軽量ではなく、バランスもどうしても前重になってしまい、パワーでカバーするスタイルとなってしまった。1日十何時間も手持ち撮影していると肩と腰が悲鳴を上げだす。回によってはタイヤチューブでカメラを吊り、撮影したりした。

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  オムニバス作品の最大の愉しみは多くの演者と仕事出来ることだ。初めての人、旧交を温める人、様々だけど一概に言えるのは皆プロフェッショナルであり、それぞれの役へのアプローチが違っているように感じられ日々新鮮だった。撮影場所も極力嘘をつかないように実際の下北沢にある場所を多く使用している。オープニング&エンディングに使用しているバーも南口から50mくらいの場所だし(観ても分からないが)、本多劇場ヴィレッジバンガード、風知空知、王将など、立地が分かっているとより面白く観れること間違いない。中でも「珉亭のチャーハン」は劇中でも何度か言及される。撮影には使われなかったが、いかに下北沢に根づいているか分かる。自分も撮影中この赤いチャーハンを何度か頂いた。

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  下北沢という街は激しく変遷している。数年後には全く異なる景観となるだろう。脚本家・橋本忍は著書『複眼の映像』の中で、「自分は下北沢の新しい駅を見ることなく死ぬだろう」というようなことを書かれている。そこには下北沢への深い愛着を感じた。数多くの映画人、演劇人、文化人を産んだこの街は、やはり特別なのだ。撮影中、いろんな俳優、スタッフなどが現場を通りがかったり、訪れたりしてくれた。このアプローチの良さこそが下北沢の魅力。

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  写真は古田新太さん、小池栄子さんの掛け声で急遽「都夏」で開かれた打ち上げ。11人の劇作家のうち8人が参加した(左から、細川徹、根本宗子、福原充則、松井周、西条みつとし、丸尾丸一郎、上田誠、えのもとぐりむ、敬称略)。これには古田さんが「スゲー、こんなに劇作家集まるの見たことねぇ」を連発していた。これも下北沢のなせるワザか。人と人が繋がり、円環となり、異なる円環とも繋がることでさらに大きくなっていくーー。消耗するなかでそんなイメージを実感することが出来た『下北沢ダイハード』の撮影だった。