陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

◼︎『アリーキャット』の撮影について

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  榊英雄監督『アリーキャット』は2016年の1/17から31日にかけて行われた。監督から「窪塚とKJ主演のロードムービーの企画がある」と聞いたのは前年晩夏だったろうか。80年代後半からのミニシアターブームの下、青春を過ごした者にとって“ロードムービー”という言葉は魔物だ。ジャームッシュヴェンダースアンゲロプロスキアロスタミカウリスマキーー。荒涼とした風景をフィルムという銀塩に刻み込むことに魅入られてこの業界に足を踏み入れた。ジャームッシュヴェンダースの映画を支えた撮影監督が同じ人物ということに気づくのはそう時間は掛からなかった。オランダ人ロビー・ミューラー。2002年のマイケル・ウィンターボトム監督『24アワー・パーティー・ピープル』を最後に闘病生活を送っていると伝え聞く。ジャン=イヴ・エスコフィエ同様、自分達の世代にとっては憧憬の撮影監督だった。

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ミューラーは極端にパースを消す。24mmメインで撮影された『パリ、テキサス』でおいてさえパースの印象はない。映画という立体的空間をあえて平面的に描く。それが逆説的に“奥行き”を与えている、というのが自分のミューラー評だ。“ロードムービー”の映画的文体は彼が構築したということに異論を唱える人は少ないだろう。一人のカメラマンが映画ジャンルの代名詞になっている。当然自分の血肉にもなっており、ミューラーっぽさが『アリーキャット』の随所に出ていると思っている。

  榊監督とはロードムービーというよりはアメリカン・ニューシネマの話を多くしたと思う。特にシャッツバーグの『スケアクロウ』(撮影ヴィルモス・スィグモンド)のコミュニケーションが出来ない世間から無視されているような2人の男の友情は『アリーキャット』の根底に流れている。

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  主演の窪塚洋介さんは三浦大輔監督『愛の渦』で撮影しており、ズバ抜けて情感を醸し出せる俳優で再会が楽しみだった。全く異なるキャラクターだけど存在のリアルさに圧倒される。降谷健志さんとは初めての仕事だけど、俳優業をほぼやっていないのに関わらずベテラン俳優と遜色ないのはポテンシャルの証左だろう。2人は映画の中だけではなく、フレームの外でも友情を深め合っていて、その光景を見るのが実に楽しかったのを覚えている。1月らしい斜光を積極的に捉え、中望遠域のレンズを中心に撮影して行った。大雪で一日撮影が中止になったけど、概ね順調な撮影だったと記憶している。タイトルバックの飛行機は合成ではありません。芝居とクレーン&カメラワークを飛行機に合わせています。

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  撮影はSONY PMW-F3をRGB4:4:4で外部出力し、KiPro QuadでProRes HQ収録。新しいカメラに比べセンサーの読み取り速度やサンプリングレートなどでスペックが見劣るけど、ルックを構成するのはその要素だけではない。F3のRGB444の能力は、周囲のカメラの進化で忘れ去られていた感があるけど、扱い易さという意味では再評価されるべきだと思っている。RAWでもないのに外部収録というのはすでに不可逆だとは思う。いずれにしても自分にとっては長年連れ添ったF3の集大成的な作品になっている。

  グレーディングはSONY PCLの平川裕美子氏。PCL社独自のLUT「ポルフェ」をテスト時に使用してみたら自分好みのルックに。現場でLUTを当てて撮影しようと試みたが、社外に出すのはNGということで旧知でGLADSAD社の山口武志氏に頼んで類似のLUTを作成してもらい現場で当てさせてもらった。コントラストが高く、中間部が少し黄色みがかり、暗部が少しグリーンがかっている。ロードムービーというほど実際に移動して撮影することは出来なかったが、東京という“辺境の地”のザラついた感じを出せたのではないかと思っている。

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