陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

◼︎『架空OL日記』の撮影について

『架空OL日記』は、バカリズム氏がOLになりきり半分で書いていたブログが原案になっている。描かれているのは銀行員の日常であり、映画やドラマにあるような起承転結はない。せいぜい電気ストーブが壊れたとか、誰かが盲腸になったとか、ゴキブリが出たとか、支店長がシュークリームを大量に買ってきたとか、などである。この既視感や“あるある”を楽しむのが本作品の正しい鑑賞方法だと思う。

あくまで“日常”であるから、住田崇監督からは『とにかくリアルに』というオーダーを当初から受けていた。そもそも男性であるバカリズム氏扮する升野という“女性”が主人公な訳でリアリズムも何もあったものではないが、そのギャップこそが興味をそそられる部分なのだと思う。男子禁制の女子更衣室がメインの舞台であり、残りは銀行カウンター、給湯室、食堂、通勤路。話によってレストランやジムが出るくらい。更衣室、給湯室はセット、銀行カウンターはレンタルスタジオ、食堂は東映スタジオの本物を休みの日に借用、他はロケセットといった具合である。ワンシチュエーションものにありがちなスリーフラットなセットではなく、4面をキチンと見せることを重視し、セットのロッカー面は車輪付きの平台に載せ、1分で外したり、取り付けられるようにオーダーして作ってもらった。この手の芝居は鮮度が大事で、段取りが決まったら速やかに本番に移行し、回数を最小限にすることを意識する。演者はホン通りに芝居はされるのだが、突然アドリブが入ったりするので、そこは編集が可能になるようにカメラを置いた。会話部分は2カメで撮影。つまり同方向を狙うのではなく、必ず挟んで撮影するスタイルを採った。ワンショットも完全な単独にするのではなく前後の人物を絡めることでアドリブに対応するとともに臨場感を醸しだすことを意識した。バラエティ的なスリーフラットのセット撮影の場合、3カメ以上が多いと思うが、マスターショットに対し、寄りの画が望遠になり過ぎる。映画っぽさを要求されていたので、レンズは単焦点で50、58、85など中望遠域をワンショットでは多用した。



カメラは使い慣れたPMW−F3。S×S収録(4:2:0)。外部収録も考えたがマルチカメラでありデータ容量が膨大になることと、グレーディングをあまりいじらない基本姿勢だったので内部収録のみで行った。蛍光灯の壁面に当たるグラデーションがバンディングを起こすのではないかと不安視したが、ライティング時にNDフィルターを大部分の蛍光灯に入れ極度の強弱を省いたことによって避けることが出来た。リアルな空間なので実際に蛍光灯がベースライト。日中のシーンはそれに外光を足すことで成立させている。蛍光灯球は所謂スリーエー(AAA)と呼ばれる球を使用。色温が4300Kなので、カメラ設定を近似値にし、外光も4600〜4800K程度とした。つまりカメラの設定を変えず、外光のライトを落とすだけでそのままナイターシーンも撮れるように工夫した。フィルターはグリマーグラスなどもテストしたが、最もさりげないソフトF/Xの薄いものを採用した。銀行のイメージカラーがブルーで衣装も青、更衣室のロッカーはグレーで、ブルーグレートーンで統一されている。撮影・照明も大事だが、画のトーンを決定するのは衣装や美術であると再認識した。

様々な意見があるとは思うが、個人的にはとても気に入った作品になりそう。何よりも映画学校の2期先輩に当たるバカリズム氏と一緒に仕事出来たのが嬉しかった。夏帆臼田あさ美山田真歩佐藤玲三浦透子、初めてご一緒する方が多かったが芸達者な女優たちに本当に感心させられた。“ドラマ”のないドラマ、楽しんで頂けたら幸いです。

『架空OL日記』公式サイト
http://www.kaku-ol.jp/story/index.html