陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

◼︎『愛を語れば変態ですか』の撮影について



福原充則監督『愛を語れば変態ですか』が新宿ピカデリーをはじめ各地で公開になった。もともと福原監督の舞台『キング・オブ・心中』を映画用にアレンジしたもの。撮影はおよそ2年前の2013年12月22日から29日までの8日間で行われた。
舞台は夫婦が経営する明日開店予定のカレー屋。順風満帆のはずが次から次へと闖入者が現れ、しまいには妻あさこが“愛”に覚醒してしまうー。“奇人”が現れて周囲の関係性をハチャメチャにするのがスクリューボール・コメディの典型だが、この作品は実は主人公の妻が最たる“奇人”だったという、捻れた構造を持つ。自分としては、ハワード・ホークスプレストン・スタージェスフランク・キャプラ川島雄三など、往年の喜劇を参照にした。福原監督は世代も近く、かなりの映画オタクだったので共通の映画言語を通わすことが出来たのが大きい。この手のコメディを撮影する際に意識するのは、画で笑わせようとしないこと。役者の芝居、間をうまく切り取ることを第一義にする。シチュエーション・コメディの主人公はいたって真面目であり、必死ですらある。ただ頑張れば頑張るほどどツボに嵌り、それを観るからこそ観客は可笑しみを覚えるのである。
ウディ・アレンは自身のコメディに世界的巨匠ゴードン・ウィリスを招いて『アニー・ホール』を撮影し、映像美とコメディは同居できる事を証左した。ウィリスとの共作群でスタイルを構築し、以降スヴェン・ニクヴィスト、カルロ・デ・パルマなど映画史の巨人撮影監督と組み、近年は新世代の撮影監督たちと積極的に交わっている。


アニー・ホール』撮影:ゴードン・ウィリス

撮影上の最大の問題はセットとロケのマッチングと、時間経過の表現である。舞台になるカレー屋の外は自由が丘で撮影、セットは東映大泉撮影所で組んだ。ロケハンで決めた自由が丘の物件に合わせて図面を引いてもらい、どこからどこをセットにするか分配していった。因みに玄関通路はセットで撮影している。気づかなかったら撮影的には成功と言える。マッチングの問題は色温度の基準値の違いによる。オープンのロケ撮影は当然デイライト設定(5600K=ケルビン)、セットの中はペンダントライトが吊ってある設定なのでタングステン設定(3200K)。昼に始まり翌朝までの時間経過があるので、昼間は外光がメインだが、夕方になれば外光が落ち、電飾が強くなるバランスになり、夜になれば完全に電飾がメインとなる。例えば冬の快晴の日だと直射光は高度が低いので4800K、天空フレアは晴天の場合10000K以上になる。デイライト(5600K)でイメージするのはたやすいが、それをセットのタングステンでどう再現するか。その手助けになるのがミレッド値である。


色温度/ケルビンと色の関係。線の間隔に大きな差がある



色温度/ミレッドと色の関係。線が等間隔に近くなっている


2つの基準値を行き来するのにミレッド値は持ってこいである。自分は手作りの変換表を作って台本に貼っておいた。

使い方は以下の通りである。デイライト基準(5600K)で6600K程度の少し青い光をイメージするとする。5600Kのミレッド値は179。6600Kは152。基準値から−27でその青さを表現する事が出来るということ。それをタングステン基準(3200K=312ミレッド)に当てはめると、312-27=285。表の見ると3500Kがそのミレッド近値。要はデイライトにおける6600Kの青さは、タングステンにおける3500Kの青さ、ということである。このようにしてオープンのイメージをセットに持ち込み再現した。

撮影は確か初日に店前の芝居を取り、2日目からセットに入り順撮りしていった。ラストの土手のシーンは後半に撮ったが、日の短い冬の1日での撮影だったので相当バタついたのを覚えている。年が明けてから実景日を設け、実景撮影、合成の下絵撮影を行った。カメラは自前のSONY PMW-F3のKiPro Mini外部収録。グレーディングはイマジカで行われた。

とても小さな作品だが、観る人に何かしらの爪痕を残せられたら嬉しい。