陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

20140217

 

 

 

 

■『愛の渦』の撮影について

 

 見も知らぬ男女が一堂に会し夜な夜な行われているという乱交パーティー。単なる性欲の捌け口だったはずなのに、それぞれの感情の発露によって振り回される人々を描いている。撮影は昨年1月の中旬から2週間弱でロケセットで撮影された。乱交パーティーというただでさえ映画化しずらい内容を“一般映画”としてつくっている。監督は今作が2作目となる劇団ポツドール主宰の三浦大輔氏。ポツドールの噂は周囲の演劇関係者からはよく聞いていたので三浦監督という人物とその演出方法にはとても興味があった。前作『ボーイズ・オン・ザ・ラン』は初監督作品ということもあり不完全燃焼だったようで、自作戯曲が原作である本作には熱い思い入れがあるようだった。

 

 まず監督との雑談の中で、監督の映画に対する趣味嗜好を聞き、作品のルックを探ろうとした。映画はかなり観ているようだったが、特にお気に入りの監督とかがいる訳ではないようだった。ただ野心的映像演出には興味があるようで、真っ先に会話に出た映画がギャスパー・ノエの『アレックス』だった。特にホームパーティーシーンで主人公アレックスをひたすら追いかけるカメラワーク、トンネル内でのワンカットのレイプシーンを引き合いに出した。このイメージは撮影直前まで持たれていて何度かの役者のリハーサル、カメラのテスト撮影を繰り返す中で物理的に効果的・効率的ではないということで諦めてもらうこととなった。大事なのは臨場感であってギミックではないような気がしたこともある。

 

 監督との会話の中で出たもう一つの作品としてはデレク・シアンフランスの『ブルーバレンタイン』。この状況を説明しないで人物を中望遠かつ手持ちで撮るというスタイルはユニークだが、観客には決して優しい手法ではない。またロケセットでの撮影が大前提である以上引き尻は取れない。しかも今回はカップルの話ではなく、男女10人と店員2名の大所帯である。どうしてもグループショットが必須となる。

 

 結果として自分の提案は実にシンプルなものとなった。過不足なくひたすら“芝居を撮る”ということ。掛け合いは引いて、見せたい表情はきちんと捉える。基本的にカメラは三脚に据えて、必要に応じて手持ちカメラを用いた。監督からは2カメの要望があったが予算的にも空間的にも苦しいのでとりあえず諦めてもらうこととなった。マルチカメラになると寄り画が必要以上に長いディスタンスになるという欠点も避けたかった。

 

 カメラはSONY PMW-F3、レンズはZeiss ZFとNikon Ai-s、レコーダーはAJA KiPRO MINIでS-LOG収録。スタッフは撮影部が助手2人、照明部は助手1人という超低予算体制。当然DITなどおらず自分たちでデータマネジメントを行った。グレーディングは東映デジタルセンターのBASELIGHTを使用。一度コダックのシネオンガンマに変換し暗部を鮮明なB方向にシフトした。しかしフェイストーンも一緒に持っていかれないように、撮影時に照度だけでなく背景と分離するようにストローティントのフィルターを人物のライトに入れた。但し薄暗い雰囲気の中でアヴェイラブルなライティングの雰囲気を出すのは相当難しかった。人出と時間と空間があれば人物一人一人を抜いてライティングすることが出来るが今回はそのような余裕はなかった。結果グレーディング時にマスクを切りまくるということになってしまったのは致し方ない。

 

 目指していたフィルムっぽいけどフィルムでは不可能なトーンはつくることが出来たと思う。暗部表現がデジタルシネマの最大の課題だが、S/Nの限界を味方につけることで、乱交パーティーという一種異様な空間表現に織り込めたと自負している。

 

 

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↑ テスト撮影:LOGの状態 

 

 

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↑テスト撮影:グレーディング後(実際はこれよりBは弱めた)

 

 ■『愛の渦』予告編

 http://www.youtube.com/watch?v=OKU4FMJtC4c