陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

20130728

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ラース・フォン・トリアー監督のデビュー作『エレメント・オブ・クライム』('84、デンマーク)をDVDで観る。連続少女殺人犯を追う捜査官が『犯罪の原理(エレメント・オブ・クライム)』という論文をもとに今で言うプロファイリングを使って犯罪者の思考回路に入り込んで追跡する。多者を追ううちに自己のアイデンティティを喪失するというテーマはポストモダン文学にはよく用いられるモチーフでカフカバロウズをはじめポール・オースター、阿部公房、フィリップ・K・ディックなどジャンルを問わず散見することができる。映画でも『タイトロープ』『エンゼルハート』『盗聴…カンバセーション』などがぱっと挙げることができる。この作品はフィルムノワールというかたちでカテゴライズされることが出来るが監督は狭義でのジャンル映画を撮るつもりではなかっただろう。火、水という元素(エレメント)を色彩を失ったセピアモノトーンで陰影深く描くことでヨーロッパという土地(これもエレメント)の不安定さ、淫靡さ、閉鎖感、欺瞞を表現しているように思える。ヨーロッパの空気(エーテル=エレメント)を再び吸う事で主人公フィッシャーやアイデンティティを喪失していき、自分の記憶・過去も曖昧模糊となってゆく。考えてみると、ラース・フォン・トリアーというなんか名前を口に出すだけで何か人を不安に貶める映画監督は一貫して「ヨーロッパの不定」を描いてきたのではないだろうか(『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『ドッグヴィル』『マンダレイ』のアメリカ三部作があるけど、トリアーにとって"アメリカ"はヨーロッパの一部と捉えてみる)。映し出される廃墟の中には暗い過去とほの暗い未来しか見ることができない。