陰翳礼賛~chiaroscuro~

Cinematographer 早坂伸 (Shin Hayasaka、JSC) 

■佐々部清監督のこと

 

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 佐々部清監督が急逝されて初七日を迎えた。

 3月31日、秋に撮影予定だった映画の資金集めで下関に帰郷されていて心疾患で逝去された。「佐々部組」の残されたスタッフ・キャストたちはキツネにつままれたようだ。もしくは突然悲しみの感情に打ちひしがれる。非常に情緒不安定だ。監督はせっかち過ぎる。

 「カーット!!  はい、現場移動!」

 そんな感じで天国まで逝ってしまわれた。エイプリルフールのジョークとしては1日早い。

 さて、なにから書こう。書いてる本人が情緒不安定だからしょうがない。筆(キーボード)の赴くまま、とりとめもなくこの章をつむぐ(たぶん、あとで消したくなる)。

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初コンビ作品『群青色の、とおり道』('15) 撮影風景。腕を組んで偉そうな筆者

 そもそも自分は「○○組のカメラマン」という言われ方を好まない。仕事は来た順番に受けるし、様々な監督と組むことで自分の引き出しを増やすことを座右の銘としてきた。そのなかでもひと回り以上年の離れた監督と組むときは刺激的だ。同年代の人間は見てきたものや育ってきた社会情勢が同じなため、価値観を共有しやすい。それがひと回り、ときには二回りほど離れている年下の女性監督などと組む際はさすがに緊張する。「会話が成立しなかったらどうしよう」という恐れだ。さいわいにも今まで組んだ女性監督とは皆話が通じ杞憂に終わってはいる。

 最も嬉しいのは年上の監督と組まされるときだ。キャリアも技術もある監督と仕事をすることは吸収できるものが頗る多い。プロデューサーに佐々部組に誘われたときは「マジか、、」とさすがに背筋がシュッとする思いだった。『群青色の、とおり道』は低予算な地方映画であったため、監督は「いつもの佐々部組スタッフは使えないよ。自分たちでスタッフィングして」とプロデューサーに宿題を与えた。なぜプロデューサーらはほぼ面識がない自分に白羽の矢を立てたのかはいまだに謎だ。

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木崎駅の撮影にて。全編単焦点レンズ撮影のためアングルファインダーは必須

 最初の印象は「古めかしく、ベタだな」ということだった。オンの芝居をオンで撮ることに恥ずかしさを感じていた。それは自分がちょっと尖った作風の映画を撮ってきていたからかもしれない。 「早坂はベタだっていうけど、芝居を正々堂々と真剣に向き合って撮らなくてはダメだ!」などと言われた気がする。自分もこの作品だけのピンポイントリリーフ登板だと思っているから「言いたいことは言って爪痕を残そう」のスタンスで臨んでいた。撮影部の助手たちはヒヤヒヤしながら見ていたという。「お前は(木村)大作さんよりうるさい」と佐々部監督に言われたことは自分としては誇りに感じている。焦点距離の感覚は思った以上に近く、中望遠や望遠レンズを大胆に楽しく使用した。

 1年後『八重子のハミング』の話が来たときには少し驚いた。映画が実現しそうになった際、監督はプロデューサーに「まず早坂を押さえろ」と言ったという。自分としては生意気な発言をしすぎていたのは自覚していたので次はない、と思っていた。前述のとおり「仕事は来た順番」主義だが、佐々部監督は半年以上前からスケジュールを決めてくるので(たいていは2~3か月前が多い)、断る理由が全くない。『八重子のハミング』の撮影に関する詳細は以前に書いた稿に譲るが、プロデューサーをかねた監督が禁酒までして作品に奉じていたことは特筆しておく。

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『八重子のハミング』クランクイン前日。手が空いたスタッフ全員での椿の花拾い

 その後、原田マハのベストセラーのドラマ化作品『本日は、お日柄もよく』('17)、本城雅人原作『ミッドナイト・ジャーナル』('18)とタッグを組ませてもらった。この頃になるとすっかり息が合うようになり、監督が求めているものが瞬時に判断できるようになった。監督からの信頼も感じられるようになり、よりいかに現場をスムーズに進めるかが自分の主な課題となった。

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『本日は、お日柄もよく』より。美術部のしっかりした飾りに喜ぶ監督

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『本日は、お日柄もよく』打ち上げ。監督の乾杯のかけ声

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『ミッドナイト・ジャーナル』空撮。高所恐怖症の監督に無理やり乗ってもらう


 2019年年始には、10年来の企画であった『約束のステージ~時を駆けるふたりの歌~』の撮影が始まった。“歌謡曲”をモチーフにした作品は佐々部監督の醍醐味であり、撮影期間は終始和やかで実に楽しそうだったのが印象的。

 “佐々部演出”というものがあるとするならば、圧倒的に役者を肯定することで信頼のキャッチボールを高次元で行うということだと思う。土屋太鳳さんも百田夏菜子さんも絶大な信頼を監督に寄せていたことは明らかだ。そして自分が撮影を楽しむことによってキャスト・スタッフのモチベーションを高めていくという還元を行う。

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『約束のステージ』祝勝会で。実に幸せな3ショット。この後はカラオケヘ

 そして、まさかの遺作となってしまった『大綱引の恋 』。毎年9月に行われる薩摩川内市の歴史由緒ある大綱引き。2019年に撮影予定だが、1年前の2018年に祭りの実景撮影を行った。この時点で俳優は決まっていなかったが、翌年の実際の祭りの日に台風がぶつかる可能性もあり、なるべく前年で素材を撮っておくというプランだ。そしてその予想は的中。2019年の祭り当日は台風の中で執り行われた。道路を封鎖して役者と300人のエキストラを入れて祭りを再現した撮影分と前年に撮影した実際の祭りの素材をメインに組み合わせてクライマックスシーンは組み立てられた。年をまたいだ準備の勝利だ。

 “準備”という言葉を佐々部監督はよく口にする。「(映画)撮影は準備だよ」ーー。この言葉が実証されたのが前述の国道を封鎖し300人のエキストラを呼んでの大綱引き再現シーン。18:30に撮影を開始し22:00には終えないといけない。正味3時間半の勝負。(カットの)割り本を見ると100カット前後あった。単純に割り算すると2分で1カット収めないと成立しない。ほかの組だとカメラマンである自分が内容を整理し、時間内に収める方法論を監督に進言することが多い。今回さすがに不安なので「(佐々部)監督、これもう少し単純化しないと難しくないですか?」と言うと「ああ、早坂ちゃん、大丈夫、大丈夫」と取り付けない。目線の方向に関しては意見の相違があったので、監督の部屋でふたりで整理はしたが、カット数自体は変更しなかった。

 自分の中にも「もし撮りきれなかったら」の腹案はあるにはあったが、今回は監督を信じやってみることにした。

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モブシーンになると監督自らマイクを持ち、陣頭指揮を執る。いつもの光景

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最前線で監督が声を張るとチームはひとつになる

 怒涛のまとめ撮り。いつもは役者に丁寧に説明して演技をつけるが、この日に限っては「こっち見て! 喜んで!」といった感じで矢継ぎ早に撮影していく。テストもほぼしない。丁寧にやると撮りきれないということを監督自身が分かっている。硬軟自在な戦術を用いることができるのが助監督経験が豊富な佐々部監督の真骨頂。こちらも負けずと声を張り上げ、上から目線で申し訳ないが「やるな、監督」と心でほほ笑んでいた。

 「カーット! お疲れさまでした!!」と撮影終了の監督の声。時計を見ると21時前。なんと1時間以上巻いて撮影は終了。想定カットはすべて撮影している。これにはさすがに舌を巻いた。

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芝居の段取り後、カット割りを整理している。ここで私の意見が反映される

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佐々部監督の台本。準備はするが、芝居を見て割りをあっさり捨てることもできる

「演出は技術」ー。そういう話をよく監督とした。

 今は助監督経験のない監督がもはや主流となりつつあるが、経験値の力は計り知れない。様々なトラブルへの対応、役者との信頼関係の築き方、スタッフとの接し方。それらは佐々部監督の場合、助監督経験を経て手にしたものだ。キャスト・スタッフからの圧倒的な信頼は、「現場での余裕」として現われる。ジョークや笑いが絶えない現場というのは突如として生じるものではない。佐々部組の現場はよい教育現場だと思っており、実際若い監督志望の人には「佐々部組につきなよ」とよく言っていた。

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『大綱引の恋』ラストシーンの撮影。まさかこれが佐々部組の最期になるとは…

 2020年3月31日昼前、プロデューサーから電話をもらう。「あのね、佐々部清監督が亡くなりました…」。意味がわからない。数日前に今秋撮影予定の新作映画のやりとりをしたばかり。「佐々部節満載ですね」などと軽口をたたいたりしていたのに…。

 心疾患によって準備で訪れていた故郷・下関、しかも定宿にしていたホテルでの急死。コロナ禍による外出禁止要請によって通夜・告別式は近親者のみで参列も禁止された。どうしていいかわからない。これから5本も10本も愛想をつかされるまで“佐々部映画”を撮るつもりでいた。佐々部組常連の俳優・伊嵜充則と電話で話し、泣いた。監督とのコンビを“タケシとキヨシのツービート”と称した升毅さんは居ても立っても居られず下関まで行ったけど、やはり来ることを拒まれ、下関駅で黙祷を捧げたそうだ。残された佐々部組の面々は喪失感はあるけど実感が伴わない。告別式にも参列できず、お別れ会も開くことができない。

 翌日夜、再び伊嵜と電話し、皆で集まらずに何かできないか考え、おのおの献杯写真を送ってもらいコラージュすることを発案。告別式に間に合うようにつくることにした。升さんにも発起人に名を連ねてもらい、各所に連絡し作ったのがこの献杯コラージュ。

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f:id:shin1973:20200409043352p:plain 皆、ショックを受けながらも懸命に笑顔をつくってくださった。なかには明らかに目が腫れている方もいる。「笑顔なんかつくれないよ」という理由で参加を見合わせた方もいる。でも佐々部監督への想いは皆共通だと思っている。

 自分が参加したのはここ6年程度。“佐々部組”としてはかなりの方が抜け落ちている。今は出来るだけの方に当たってコラージュの最終版をつくっている。

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佐々部清監督(1958.1.8~2020.3.31)

 「組」を持たなかった自分が、しつこいほどの“佐々部組”としてのアイデンティティをいつのまにか持っていたことに気づく。芝居を見る眼にしても、現場の雰囲気づくりにしても、はっちゃける打ち上げにしても、すべて真剣だった。下戸だけど、打ち上げ等では絶対に監督より先には帰らない、という謎のルールを自分に課した。

 「早坂ちゃんは飲まないのによく付き合うよな」と何度言われたことか。ルールだからです。自分も監督に負けないくらい打ち上げに真剣に参加していたのです。

 佐々部清という誰にも愛された監督を喪ったことは日本映画界にとって大きな損失なのは間違いない。これから円熟味を増した演出で傑作群が生まれるはずだった。見知らぬ傑作を観れないのは残念であり、途絶された監督の映画への想いを考えるとただただ無念だ。今はそっと手を合わせることしかできない。

 ありがとうございました、佐々部監督。

 

 カメラ横で耳鳴りするほどの大声をもう一度聞きたい。

 

    ヨーイ! スタート!!

 

 

                          佐々部組カメラマン 早坂伸

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『群青色の、とおり道』撮影部と佐々部清監督

 

◾️『架空OL日記』の撮影について

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テレビ版に引き続き、『架空OL日記』(住田崇監督)映画版を手掛けさせてみらった。映画化の話はテレビ版撮影の頃からスタッフ間で囁かれてはいた。

ただ出演者は多忙な人ばかり。テレビで見ない日はない、脚本、主演のバカリズムさんのスケジュールを押さえること自体が困難だ。

リスケを何度か繰り返し、クランクイン出来たのは昨年5月。

撮影日数自体は2週間程度であったが、キャストのスケジュールを調整するために期間は2カ月近くを要した。

 

衣装合わせの前にキャストの顔合わせが行われた。

勝手知ったる者同士なのに、2年ちょいの時間がそれぞれの距離をつくり、皆たどたどしい。

キャラクター=(イコール)役者本人では当然ないため、再び演じるということがとても気恥ずかしいものらしい。

ちょっとした杞憂もあったが、撮影が始まればものの3分で見事にキャラクターに再没入していた。

 

更衣室セットはテレビ版のものをそのまま流用した。

広いステージ端にポツンと立つ更衣室セット。なんとも贅沢なスペースの使い方である。

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撮影スタイルは当然テレビ版を踏襲する。

言葉にすると、“誇張したアングルなどカメラで笑いをとらない” 。つまりは“観客にカメラの存在を意識させない”というところに尽きる。

ライティングも自然なコントラストを意識し、そこにビューティーを加えていく感じ。

カメラは常時2台なので、キーライトの角度や位置、強さには気をつかう。

テレビ版から変化したのはカメラがPXW F3からFS7mkⅡになり、4K撮りしたこと。

映画なので30Pから24Pに当然なる。

トーン(ルック)はテレビ版の“青”を踏襲しながらももっと立体的になる調整を加えた。フェイストーンと青の分離を図っている。

一番議論になったのはアスペクトレシオ(フレーム比)である。

今のDCI規格ではビスタサイズ(1:1.85)とシネスコ(1:2.39)しかない。

テレビの16:9とビスタサイズには大した印象の差はなく、シネスコではあまりにも仰々しい。

それで一部Netflix作品(例『ハウス・オブ・カード』)や劇場作品(例『グリーンカード』)で使用されている1:2のフレームを使用できないか提案した。

テレビ版のグループショットを抜き出して、各フレーム比を見比べてみた。

想像していた通り、1:2が一番グルーヴ感があり、住田監督はじめプロデューサー陣も納得してくれた。

ただDCP自体は1:1.85なので、レターボックスの状態で上映することになるがそこに気になる人はいないだろう。

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機材の変更については、テレビ版で使用していたステディカムを辞め、ジンバルのRONIN2を使用した。

ステディは十二分な訓練を必要とし、自分のような見様見真似のオペレーターでは御し切れない。

それに比べ、ジンバルは修練度を多く必要としないため(実際はそんなことないのだが)、扱いやすい。

テレビ版に比べ、練馬駅前の引っ張り撮影はスムーズに行えた。

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苦労話と言えば、設定が冬なのに撮影が夏ということ。

緑をグレーディングで枯葉の色に転がしている。

演者は着込むので相当暑かったに違いない。

撮影自体は本当に幸せだった。

こんなにスムーズで楽しい現場は数少ない。

テーマ曲も引き続き『月曜日戦争』を使用。映画になると変なタイアップ曲が流れて作品を破壊することもよくあるが、皆が慣れ親しんだ曲ほど満足感を与えるものはない。007にしても『ボーン』シリーズにしても『男はつらいよ』にしても。

自分としては“寅さん”のように毎年撮って公開してほしいくらいだ。

ただバカリズムさんの女装があと何年見るに耐えられるかは分からないが…。

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【おまけ】

請求の件でメールのやり取りしていたら、某プロデューサーから「架空請求の件で」というメールが。

会社の監査に引っかからないといいですね。

◾️『羊とオオカミの恋と殺人』の撮影について

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朝倉加葉子監督から電話をもらった際、最初に言われたのは「早坂さん、一緒にキラキラ系の青春映画やりませんか?」。自分は基本的に軟調の画に興味がないカメラマン。今までの作風も“キラキラ”は全くなく、むしろ“ドロドロ系”。そのときは大した興味も持たないままだったが、“スラッシャー監督”朝倉加葉子を甘く見ていた。pff時代から好きだった高橋泉さんの書かれたホンには、ラブコメと猟奇殺人が同居している不思議な世界が広がっていた。決して予算が潤沢な作品ではないので、世界の拡げ方は難しい。ミクロの世界観でマクロの世界を感じさせるというのが最良な選択。あとはキャラクターの魅力を具現化し、さらに肉付けしていく作業に注力することにした。メインの舞台となる壁の穴で繋がっている2部屋内部はセット。一部屋しか作る予算はないので使い回している。問題は外身のアパートをどこで撮影するか。2部屋地続きでなくてはならず、周りの環境も大事でなかなか適当な物件が見つからない。弊社の工藤哲也が撮影をしていた『聖☆おにいさん』(福田雄一監督)の現場に差し入れに行ったら、実に理想的な環境で、早速制作部に連絡しロケハンを行い、撮影地に決定した。

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最大の問題は“穴”である。物語の発端である2部屋をつなぐ穴。杉野遥亮演じる黒須はここから福原遥演じる宮市の部屋を覗き見し、殺人を目撃する。リアルとリアリティ、いつもこれが問題となる。壁には当然厚みがある。これは嘘をつけない。見た目の画を撮るとして、人物が動くのをフォローするとカメラをパンするだけでは済まない。ナメである壁穴も一緒に動かないと画としては成立しない。それで美術部に30cm四方の厚みのある石灰ボードを複数用意してもらい、使用するレンズのディスタンスに合わせた大きさの壁穴を開けた。それをフィルターのようにレンズ前に固定しパンに連動するようにした。ただそれだけだと固定され過ぎて不自然なので左手で揺らして見た目感を出している。GoProの使用も検討したが、パースがキツく空間が歪み過ぎるので取りやめた。

  ライフラインを止められているニートの黒須の部屋は常に暗い。月明りや街の灯りがキーライトである。スチールグリーンのフィルターを入れてレース越しにライティングしている。

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殺人を目撃された宮市が黒須を追い詰める屋上シーンでは、ライティングスペースがあまりないので、マンションの壁面にネオンがある体にして、象徴的なブルーのライティングを行った。キノフロにスチールブルーのフィルターを貼って使用している。苦肉の策だったが、まあまあうまく行ったと思っている。

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アクションシーンも結構ある映画だが、小柄な女性が行う殺人術ということで相手との体格差や関節を利用した動きをダンサーの青木尚哉氏に付けてもらった。現場に来ていたアクション部たちもとても興味深くしていた。ラス殺陣はよく撮影で使われるクラブを使用。1日で撮影しなくてはならないのであり物の照明だけでほぼほぼ撮影している。

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  カメラは弊社のSONY FS7MKⅡ。グレーディングは東映の佐竹宗一氏。『愛の渦』以来、久々に担当していただいた。明るくてクリアだが、陰影を感じさせられるトーンに仕上げることができた。この作品もノーフィルターを通した。

  自分にキラキラ系を撮らせてみたい勇気のあるプロデューサーの方、連絡お待ちしてます。

 

『羊とオオカミの恋と殺人』公式HP→http://hitsujitookami.com

◾️『惡の華』の撮影について

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押見修造氏による『惡の華』は2009年から2014年にかけて「別冊少年マガジン」で連載された漫画である(全11巻)。シャルル・ボードレールの詩集からタイトルは取られており、実際詩集が重要なアイテムとなって出てくる。2013年にはロトスコープを使用したアニメにもなっており、知名度は高い。実写化の話は数多く持ち込まれていたようだが、押見氏が長年井口昇監督作品のファンであり、実際『惡の華』はその影響下で描かれており、井口監督に撮ってもらうのは長年の夢だったという。井口監督も原作を手にとって数ページ読んだ瞬間「これは映画にしなくてはならない。そのために映画監督になったのではないか」と感じたそうで、原作、原作者、監督の関係は、不思議な循環を伴う稀有な蜜月と言っていいだろう。ただし何度も映画化は頓挫を繰り返し、監督曰く6年の歳月を要した。脚本はアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』の岡田麿里氏が担当している。

 『惡の華』は、鬱屈、反抗、葛藤、執着、背徳、自己愛――思春期特有の精神的彷徨を描いた青春漫画である。儚い逸脱に至る中学生編とその過去と向き合おうとする高校生編の二部に大別される。11巻に及ぶ原作のように感情の流れを丁寧に追う時間は映画にはない。それでも「原作の要素を最後までやりたい」というのが制作サイドの強い意図で、大胆なシーンバック、カットバックを用いた脚本となった。原作を全く知らなくても作品感に入り込める仕上がりになったが、その分イベントが盛りだくさんな脚本となった。

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 クランクインは2018年11月5日、クランクアップは11月28日。撮影日数は21日間。深夜の教室破壊、オープンナイターの雨降らし、秘密基地の放火、夏祭りの事件――とほぼ毎日何かしら大仕掛けナイターになるスケジュールとなった。しかも最近は珍しくなくなった“予備日なし”。低予算の現場においてカメラマンの重要な役割は、美しい画を撮ることが第一義ではなく、いかに「撮影の合理化」を進めることが出来るかにある。「徹夜はしない」、「テッペンは越えない」というのが自分の金科玉条で、今回も夜通し撮影予定だった個所以外はテッペン前後には撮影を終えることができ、結果的には順調な撮影だったといえる。

 井口監督は前もって絵コンテを準備する。言葉では伝えきれない不足分を補うためだと思われる。原作のビジュアルも尊重し、監督の絵コンテも存在するとなると、現場の進捗を阻害されると思われる方もいるかもしれない。“やりたいこと”を明確化することで、それを強調させるために前後の省略が可能になったり、監督もコンテに縛られていなかったので有用に活用することができたと思う。

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 高解像度で素材を撮りたかったので8KはオーバースペックではあったがRED EPIC-Wをメイン、サブをEPICにした。合同会社FOO代表、古屋幸一氏のご厚意に預かった。問題は同じRED CODEで撮影してもEPIC-WとEPICのトーンが全く合わないこと。センサーの製造過程やメーカーが異なることなどが原因と思われるが、アリフレックスが異なるカメラを使用してもルックが合うように作られているところを考えると、キャメラメーカーとしてコンセプトが全く異なる。高解像度を優先して追い過ぎてしまった―それが今のREDの退潮傾向の要因の一つと言えるだろう。ルック調整は最終的にグレーディングに持ち込むこととなった。レンズはCanonのCN-E30-105mm、135mm、ZeissC.P2の21、28、35、50、85mmを使用した。

 データマネージメント、グレーディングは自作の大部分を手掛けてもらっているGLADSAD社と代表の山口武志氏。衣装合わせ時にカメラテストを行い、そのデータを元に基本ルックを作成した。中学生編はやや青みがかったポジ風、高校生編は暖色系でノーマル気味のリアル感を目指した。撮影現場にDITはいないので、テストの画像をプリントアウトし台本に貼り付け、イメージしながら撮影を行った。

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 ドラマ『架空OL日記』という作品だけはSOFT F/Xを使用したが、ここ数年、ノーフィルター主義を通している。フィルターに依存せずルックをつくり、コントラスト、シャープネスを維持したい。少し撮影原理主義的で時代と逆行していると自己批判したりもするのだが、とあるインタビューでゴードン・ウィリスが「全てのディフュージョンフィルターを叩き割ってやりたい」と語っていたイメージが今も頭から離れない。CM助手をやっていた時に師事した写真家の影響も強いのかもしれない。シンプルに物事を見て、シンプルに撮影する―それが自分のスタンスとマッチしているのだろう。

 ただRAWで撮影されたイメージはLOGで撮影されたものより、硬い。11月の斜光とはいえ白シャツに当たる太陽の直射はクリップしてしまう。グレーディングでは想像以上に苦労し、一枚薄いディフュージョンを入れた方が調整は楽だったかもしれない、と今は思っている。

 

 前半のヤマ場となる深夜の教室破壊シーンは台本上で8ページ、カット的には70以上あった。晩秋の夜長とはいえ、連日の撮影であるし深夜を越えることは避けねばならない。ベランダのない教室なので、無理言ってハイライダーを二基用意してもらいライティングを行った。ソースライティングの立場から言えば、主光源は月明かりしかない。しかしブルートーンでこの核となるシーンを長々見せたくはなかった。キーライトにはライトアンバー(LEEフィルター#102)を入れてイエロートーンにし、ローベースにはスチールグリーン(#728)を入れた。カメラテスト時には他にディープアンバーやオールドスチールブルー(#725)などの組み合わせも試したが、人工的になり過ぎるきらいもあり、他のシーンとのマッチングやグレーディングでの調整幅も考慮し、上記のフィルターに決定した。教室という広い空間には当然ハイライトの当たる個所と当たらない個所がある。特に暗部に立つ人物には本来、丁寧なライティングをしなくてはならない。ただ自分はワンカットに時間をかけるよりも監督の欲しいカットを淀みなく撮影し、演出、芝居のテンションを重視したかった。ときには画が多少犠牲になったかもしれないがテンポよく現場を進められたと思う。

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  前半のラストに山中の遊園地前で主人公の春日(伊藤健太郎)、ヒロインの仲村(玉城ティナ)、マドンナの佐伯(秋田汐梨)の3人の魂とアイデンティティが激しくぶつかるシーンがある。台本で見ると7ページの雨降らし。しかも春日は上半身裸になり雨に打たれなければならず、佐伯役の秋田は15歳で、20時には上げなくてはならない。どうやってもそのままではスケジュール上成立しないので、雨降らしを限定し、佐伯の入るカットを抜いて撮らざるを得なかった。ただ役者のテンションは保たれており、伊藤及び玉城の演者としての底力を感じさせられるものだった。ライティングは時間短縮のためデッドスペースをつくってハイライダーを設置し1.2KのHMIでトップのキーライトを用いた。謂わばロバート・リチャードソンの代名詞的なことをやろうと思ったのだが、スパンディフューザーを入れると想定していたより光量が弱く、イメージ通りにはいかなかった。4Kもしくは2.5Kが最低でも必要だったと反省している。キーライトに関してはまさしく「大は小を兼ねる」と肝に銘じたい。

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イベントという意味では、夏祭りのシーンが文字通りのクライマックスだ。人混みの通りを歩くロングショットは実際の夏祭りではなく、11月の“桐生えびす講”を利用して撮影した。コートや上着を着ている人もいるが望遠レンズで圧縮して撮影しているので気にならないと思う。春日と仲村が事件を起こす祭りの櫓は寺の敷地を拝借して再現した。寒風吹きすさぶなか、平然と水をかぶって芝居をした2人の役者には頭が下がった。日本にもこんな立派な若手役者たちがいるというのが心底嬉しい。このシーンの撮影は2日間で、初日にモブシーンをメインに撮影した。2日目は主に主人公の二人向けでエキストラの方はほとんど画に入ることはないのだが、数多くの方が集まってくださって芝居の相手をしてくださった。深夜にいたるまで撮影に付き合ってくださり、ただただ感謝の念しかない。

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映画のラストは高校生になった春日が常磐(飯豊まりえ)という女性と海辺の町に引っ越した仲村に会いに行き、過去を問いただす。激情のままに春日は仲村を砂浜に叩きつけ、仲村は春日を海に突き飛ばす。この日は当初、銚子市で別のシーンを撮影予定だったが、晴れるということで急遽、館山市の白浜に向かう。前日から泊まっていた銚子はどしゃ降りの雨だったので半信半疑。同じ千葉県内とはいえ北端と南端、3時間以上を要して現地に到着したときには見事快晴になっていた。段取りをし、昼食休憩の後、14時ころから撮影を開始する。カット数34、正味3時間弱での勝負である。2カメを駆使し、ハイテンポで撮影を進める。撮りきれるか、夕陽は出るか、海に入るシーンを事故なくうまく撮れるか――。不安に駆られたが結果的には時間が余るほど順調に撮影は進捗し、美しい夕陽も捉えることが出来た。薄暮のシーンもギリギリまで粘って最良の光のバランスを待った。今にして思えば実に天候に恵まれた作品だったと思う。

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がむしゃらに撮影を行った作品だが、少し普段の思考と異なったのは、広い観客のターゲットをあえて想定しなかったことだ。特に原作者、押見氏を唯一の観客と見なし取り組んだ。一人に深い感銘を与えることが出来れば、それは万人に通じるに違いない。原作の漫画は架空の町が舞台だが、桐生市をモチーフにしてある。映画も可能な限り同じ場所で撮影した。このような細部のリアリティが作品に寄与していることを信じている。

2018年は映画の企画がいくつも流れ、個人的には苦戦した1年だった。ある作品が飛んでポツンとスケジュールが空いた時期に来た話が『惡の華』だった。世の中には不思議なめぐり合わせというものがある。使い古された言葉だが、“一期一会”。一つひとつの作品、一人ひとりのスタッフ、キャストとの出会いをいかに大切にできるかが映画キャメラマンとしての最大の資質なのかもしれない。このような作品に携われるチャンスを下さった監督、プロデューサーにこの場を借りて御礼申し上げます。

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◼️『約束のステージ 〜時をかけるふたりの歌〜』撮影について

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  佐々部清監督とはこれで通算5回目のコンビになる。撮影スタイルが予め分かっているということは不安要素が少ない。佐々部監督は予めカット割りを出しておく。このカット割りの精度が凄い。カメラ尻(通称ひき尻=カメラを置くスペース)やライト、美術チェンジまで考慮されている。さらにそのカット割りに引きずられ過ぎない。芝居を見て「違う」と思った瞬間、スパッと捨て去る。監督のキャリアもさる事ながら助監督時代の経験則が多分に生かされている。テイク数も最低限だ。佐々部組に初めて出る役者が「もう終わり?」と言いたげな表情をすることを度々目にする。深夜まで撮影が及ぶことはない。キャストもスタッフも余力を残して翌日に臨める素晴らしさは強調してし過ぎることはない。

  ただしその分、技術スタッフはもたもたしていられない。監督が本番行きたいと思った瞬間に行けるように努力する。何かしらの理由で待ちになった場合は、その理由を明確に伝えておく。当たり前と言えばその通りだが、現場の推進力を損なわないために声を出していくことは大切だと思う。

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  カメラは弊社のSONY FS7mkIIを2台とジンバル用にもう一台、計3台を用意した。いつものようにノーフィルター。レンズはContaxレンズを中心に、SIGMAのシネレンズ、Nikonのスチールレンズなどを使用した。ジンバルはDJI社のRONIN2。カラースペースはS-LOG3.Cine。グレーディングは東映デジタルセンターでFUJIのLUTをベースに調整した。舞台は現代の青森とタイムスリップした先の昭和50年の東京。現代の方は寒風吹き荒む感じを出したくてブルートーンで彩度を落としている。昭和50年のルックは監督から総天然色映画のようなものを求められた。クレイジーキャッツの映画などを参考にテスト時にLUTを作成した。が、DITなどは付かないため、現場ではRec.709のLUTを当てて判断した。グレーディングは1日でやる予定だったのであまり複雑な工程を踏みたくはなく、ワイプなども最小限にとどめた。フェイストーンを最優先に作業を行ったため、監督のイメージした原色バリバリのトーンよりはだいぶ落ち着いているかもしれない。

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  時代物なだけに美術部の労力が画にそのまま反映される。最大の問題は昭和50年の上野駅をどこで再現するかだった。撮影可能な石造りの建造物を探して制作部が駆け回り、群馬県庁の昭和庁舎内で撮影を行った。実際の上野駅のスケール感を出すことは出来ないが、ロケハン時にアングルを限定することで美術部にフレーム内を徹底的に飾ってもらった。当時は電光掲示板などなく札がぶら下がっていた風景を懐かしくカメラに収めた。

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  バーのセットは東映撮影所内に建てた。実際の物件よりやや広く作られていてその空間描写をどのように行うかが思案しどころだった。実際より広い空間でワイドレンズを使用するとさらに空間が広がってしまう。かと言って長玉を使用するとカメラの引きじりを画に感じてしまいセット感が出てしまう。なのでワイド端のレンズは28mmとし、それ以上のワイドレンズの使用を禁じ(但し2カットほど例外が出た)、セットの壁を下げてもらって実際に壁が存在しうる場所ギリギリでカメラを構えた。時には壁に穴を開けてもらってそこからレンズを突き出して撮影することもあった。

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  撮影自体は非常にスムーズに進捗した。トラブルらしいトラブルもなかったが、自分自身がインフルエンザに罹患し、現場を2日ほど休まなくてはならなかったことが心残りだ。常日頃体調管理をしっかり行うことが撮影の第一歩だと肝に銘じた。土屋太鳳さんはじめ百田夏菜子さん、向井理さん、矢田亜希子さん、升毅さん、石野真子さん、皆それぞれのキャラクターを咀嚼し見事に演じていたと思う。タイムスリップが絡むファンタジー要素のあるドラマだが、昭和歌謡を懐かしむもよし、アイドルドラマとして観るもよし。幅広い年代の方に観てもらえる作品に仕上がっていると思います。

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◼️『生きる街』撮影について

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映画『生きる街』(榊英雄監督)は様々な厚意によってつくられた。スポンサー、スタッフ、キャストそれぞれが東日本大震災への想いを胸に参加している。ストーリーは津波によって流されてしまった夫の還りを待つ主婦と、現実を受け入れつつ離ればなれに暮らしている息子、娘が再び集うというシンプルなものだ。最初に企画を聞いた時、夏木マリ扮する主婦が自転車で海辺を走っているというイメージだけでこの映画は成立すると確信した。娘役は佐津川愛美、息子役を堀井新太、かつて石巻に住んでいた韓国人役にイ・ジョンヒョン。他に原日出子吉沢悠岡野真也斎藤工升毅

  撮影地は石巻牡鹿半島捕鯨の街であった鮎川港。津波被害も甚大だった場所。街の復興は(着々と?)進んではいるがかつての賑わいを取り戻すことは難しいかもしれない。港から少し上がったところに東京の企業が保有している今は使われていない保養所があり、そこを千恵子(夏木マリ)が営む民泊という設定にした。

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写真のように撮影前は鬱蒼としていて、ここに道を作り、橋を架けてもらった。美術の大町さんにはこの場にて感謝を伝えたい。この場所からは左に金華山、正面に網地島、右手に石巻港を眺望できる。風光明媚と言えよう。千恵子は日々この景色を眺めながら還ることはない夫を待っている。“窓”と言うのがキーアイテムになる。自分の中では「窓に始まり窓に終わる映画にしよう」というプランが生じた。ベルイマンの映画やハンマースホイの絵画など、北欧作品に見られるように窓枠を端正に活かしたい。その為にも今回はシネスコアスペクトレシオを珍しく強く推した。

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 カメラはRED EPIC-W。『blank13』(齊藤工監督)から立て続けにREDを使うことにした。これはようやくRED CODEに慣れて来たと言うことと、シネスコにするならばハイレゾリューションのREDが良いと思われたことによる。ただARRIに比べ、センサーごとのトーンの差が大きく感じられる。常にチェンジしていっていると捉えることも出来るが、旧機種とのトーン差を感じさせないことを意識しているARRIとは根底から考え方が異なるのだろう。今のところこの作品が自分がREDを使った最後となっている。

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 宮城県出身で、岩手の三陸海岸の祖母の家で毎夏休みを過ごした自分にとって、この作品は非常に重い。3.11以降宮城の実家には幾度も帰ったが、実は海岸沿いには一度も足を踏み入れていなかった。踏み入ることが出来なかった。見たくなかったし受け入れたくなかったのかもしれない。少なくとも自分には5年以上の歳月が必要だった(撮影は2016年秋)。この作品の堀井新太演じる息子が、仙台という比較的近い場所に住みながら石巻の実家には帰らない心理と近いものがある。“逃げ”の心情とも言えるが、被災という「現実」と自分の身の回りの社会生活という「現実」がうまく擦り合わずギャップとして横たわっていた。

  作品のロケハンで石巻及び津波被災地に足を踏み入れ、やはり衝撃を受けざるを得なかった。かつてあった生活の場が一瞬にして消え去る怖ろしさ。人間の力では遠く及ばない事象。途方も無い無力感の中でどう作品と向き合って行くか。

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  撮影工程の中で、「被災地の映像をドキュメンタリータッチで挿入していったらどうか」という意見がスタッフ間で湧き上がったことがことがあった。珍しく自分は強硬に反対意見を述べた。「作品は悲惨さ、無力感だけを伝えるものではないし、あくまでフィクションであるということ。現実には作中の登場人物以上に凄惨な経験や傷ついた人もたくさんいるわけだし、映画はそのような方達が観ても少しだけでも未来に拓けている必要がある」。演者もスタッフも被災当事者ではないし、その土地にゆかりがあるわけでもない。余所者の映画の創り手としては作品を通してその土地の良さを表現していかなくてはならない。

  撮影はいつも以上にフィックスを多用。先ほど述べた窓枠ライン、海岸の水平線、歪曲した道の曲線、流された家の基礎の幾何学模様、それらを印象付けていく。その中で人間の矮小さ、かつ逞しさを表現出来たらと考えた。クライマックス撮影日の朝、強い地震が起こり、津波警報が発令された。「直ちに高台に避難してください!」というスピーカー音の合間を縫っての撮影。窓から湾内を見ると、明らかにいつもの波とは感じが異なる。「これが津波なんだ」。津波が来てる中での撮影という不思議な経験をした。我々は生かされているんだということを再認識した。

  榊英雄監督とはもう何本もコンビを組ませてもらっていて阿吽の呼吸。この前に手掛けた『blank13』には役者として参加しており、今作にはその監督だった斎藤工氏が役者として出演するという、これまた不思議な体験をした。

 もう一つ貴重な経験としては野性の鹿の夜間撮影に成功したこと。牡鹿半島には鹿が多く生息しているが、ライティングしている場所に来てもらうことは難しいと思われた。しかし台本には「千恵子(夏木マリ)が鹿と目が合う」とある。自分としても成功の見込みはあまりないとは思ったが、挑戦しないのも嫌だったし、助監督からも「無駄なことに力を費やすより他のことに費やしたほうがいいのでは」と言われ癪だったというのもある。ただ自分の意地に周囲を巻き込むのも可愛そうだと思ったので撮休前日に、「自分一人で行ってライティングして朝まで待つ」と言ったところ、セカンドの岡崎はついて来てくれ、照明の大庭氏も「ライティングの設置まではやります」と来てくれた。大庭氏は設置後帰り、ひたすら暗闇の中鹿を待つことに。せっかくついて来てくれた岡崎も疲れのためかすでに寝落ちしている。

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   暗闇の中自分も夢うつつを行き来していると視界に何か動くものが。よく見ると鹿が何匹も草を食べに来ている。岡崎をそっと起こし、撮影体制を取る。REDとバックアップで持って来ていたSONY α7sⅡの2台。ただなかなかライトが当たっているところには警戒して近寄らない。ここまで来ると自分自信の闘いである。動物撮影カメラマンの気持ちが少し分かる気がした。 1時間くらい格闘していただろうか。無用心な牡鹿がフラリとライトの下に歩き出した。咄嗟にレンズで追う。暫く草を食べた後、こちらの方を気にしながら闇の中に消えて行った。ト書きに書いてあるような動きそのものであった。

 

 主演の夏木マリさんには「綺麗に撮る必要なんてないからね、皺をたくさん撮って。オバちゃんなんだからさ」と言われた。夏木さんなりの役づくりの一環なのだと思う。綺麗で便利なホテルではなく、あえて共同風呂、トイレの民宿を宿に選び、当事者たちの話を実際に見聞きし、肌の手入れは基本しない。このリアルな感じはとっても作品に反映されている。撮影初日に撮影した自転車に乗っている千恵子を撮影した時に、この作品は成功したと感じた。

 

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↓『生きる街』予告編

https://m.youtube.com/watch?v=agDtnU-xzEw

◼️BRAHMAN『ナミノウタゲ』MV撮影について

f:id:shin1973:20180122105216p:imagehttps://www.youtube.com/watch?v=28WLJxDIb-I

 

   BRAHMANは「幡ヶ谷再生大学」の一員としてボランティア活動を一貫して行なっている。一過性ではないその徹底した姿には尊敬の念を禁じえない。石巻牡鹿半島の西側に位置する小渕浜も3.11による津波被害で壊滅的なダメージを受けた。BRAHMANはここ小渕浜でのボランティア活動をメインに行い、地元との親密な関係を築いている。震災後の荒涼とした廃墟の中で遊ぶ子供たちの姿を見て、安全に遊べる公園を造った。MV撮影当日もその公園の花壇に球根を植える作業を行っていた。この曲は映画『生きる街』(榊英雄監督、3/3公開)の主題歌となっている。映画のメイン舞台も牡鹿半島の鮎川港。復興ボランティアにも積極的な主演の夏木マリさんはTOSHI-LOWさんに直接電話をかけ主題歌を依頼したと聞いている。映画の撮影のことは別の項に譲るが、このMVも様々な善意のもとで作られた。曲は、BRAHMANたちと交流の深い小渕浜の漁師木村さんの想いが描かれている。津波により妻と長男を喪った木村さんはとある早朝、TOSHI-LOWさんに電話を掛けた。普段は健気な木村さんだが、夢に妻と息子が出て来て海から呼ばれたという。震災後初めて涙したと聞いた。『ナミノウタゲ』の歌詞にはその辺りのニュアンスが含まれている。

  MVの監督は『生きる街』同様、榊英雄さん。榊監督のイメージはワンカットでエキストラがワーっと入ってくるというものだった。監督はクレーンでの撮影を想定していたようだったが、カメラは最低でも180°は回らなくてはならず、クレーンワークでは補えない。それでドローン撮影を提案した。というのも、自分は元々ドローン撮影に半信半疑だったのだが、少し前に手掛けたNGT48『世界はどこまで青空なのか?』(https://m.youtube.com/watch?v=qGBvujY6bjg)MVのドローンオペレーター遠藤祐紀氏(ヘキサメディア)の腕前に感銘し、初めて全幅の信頼を置くことが出来たからだった。監督はドラマ撮影の為ロケハンには帯同できず、かなり責任を感じた。

  まずワンカット撮影と言えども、「展開」が無くてはならないと思った。TOSHI-LOWさんのフレームインで始まりしばらく引っ張り、他の3人と合流、間奏の間にエキストラ合流、大団円で最後は海に向かうーという大まかな構成をした。カメラのオペレート位置、エキストラの待機位置、ドローンの影など、いくつも懸案があってどれもキチンと想定してないと大火傷する可能性もある。具体的プラン練ってそれを監督や遠藤氏と共有し、BRAHMANサイドに説明する為に「SHOT PRO」というアプリを使いシュミレートした。このソフトはカメラの焦点距離、高さ、仰角なども自由に設定でき、オブジェクト(対象物)も豊富に揃っていて自由にレイアウト出来る。タイムラインを拡大出来ないなど、操作上の改善点はあるがかなり優秀なソフトだ。

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ドローン、人物の軌道は以下のようになった(前半のみ)。

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ドローンはDJI社のINSPIRE2。

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2マンオペレーションだが、カメラのパン出来る幅は限られている為、曲線を描く飛行は動線を旋回させながらドローン自体も旋回させる必要がある。これはとてつもなく難しい。遠藤氏も自分からプランを見せられ、「どうしたものかと思った」と後に語った。しかしそのような不安は顔に出さず、飄々と挑戦してくれた。本番前日に何度もリハーサルした甲斐あって、何とtake2でOK! 予定終了時刻を2時間も巻いて終えることが出来た。エキストラに来てくださったBRAHMANのファンの方々も想定以上に早く終えた為、バス待ちが数時間あったが、自車で来た方々が全員を分乗させてくれて石巻市街まで運んでくれた。ファンの結束力には驚かされた。

  写真は参加者全員での記念撮影。とても穏やかでいい日でした。

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 最前列左隅筆者、真ん中榊監督、最後列左隅木村さん、最後列右から3人目遠藤氏(ドローンをオペレートしているため下を向いている)